待ちに待った、夏休み。
わたしの大好きな大好きな男の子は全寮制の高校に入ってしまったので、普段は会えない。いわゆる遠距離恋愛ってやつで、夏休みや冬休みにしか会えない。夏休みは長いしたくさん遊べるから、ずっと楽しみにしてきた。
まず、外は暑いからどっちかのお家でごろごろして過ごすでしょ。次に夏のイベントを制覇するため浴衣や水着を買いに行って、おでかけの計画をたてるでしょ。
そんなことをたくさん考えていたら、梓くんのことを迎えに行きたくなった。お盆休みは部活もお休みだから、部活が終わったら帰ると言っていた。わたしが迎えに行けばバスに乗っている間の時間や電車に乗っている間の時間、梓くんと一緒に居られるし名案かもしれない。
そうと決めたら、梓くんを驚かすために行き方を調べてわくわくしながらその日になるのを待った。梓くんの通う学校も一回見てみたかったし。本当に名案だ!
ドキドキよりわくわくのほうが強くて、ハラハラなんて微塵もなかった。
だけど、弓道場が見えたとき、わたしはここへ来てはいけなかったと思った。わいわい騒ぐ袴姿のひとたちに混ざっている梓くんの笑顔。わたしとはチガウ世界にいる梓くんを見てしまった。
わたしには微笑む顔をたくさん見せてくれるけど、笑顔はあまりない。わたしにとって梓くんの笑顔はレアなのに。それをわたし以外の女の子と梓くんと出会ったばかりの人たちが作り出していると思うとやるせなかった。
わたし、なんでここにいるんだろう。
わたしはあなたの弦になりたかった。
弦なら4年程度で使えなくなってしまう弓矢とは違う。ずっと使える、側にいれる。弦はひとつで十分だけれど、弓矢は射る4本と予備2本の6本だからわたしだけが必要とされているわけじゃない。
「わたし、矢だったんだ」
弓を引く、梓くんが好きだった。
また弓道をはじめたこと、わたしはすごくうれしかった。わたしと梓くんの唯一の共通点だから。
なのに、なんで?
ぼーっとしていると暑いせいか頭がくらくらしてきた。タイミングがいいのか悪いのかわからないけれど、ちょうど梓くんが道場からでてきて、わたしに駆け寄ってきた。
「びっくりしたー!見間違いかと思った、」
「ねえ、梓くん。いっこ聞いてもいい?」
「…なーに?こわい顔しちゃって」
「梓くんはなんでまた弓道をやろうと思ったの?」
風がふいて、髪の毛が揺れる。
わたしと梓くんのことを心配そうに見ているあの女の人の髪の毛はさらさらとなびいていた。
弓を極める人にとって邪魔でしかたない髪、が、長い女の人。わたしはミディアムなのに、あんな風にきれいに長く伸ばしたくても伸ばせないのに、わたしより細くて、わたしよりかわいくて、ああ、なんかわたしもうだめだ。
梓くんの目を見れないまま、わたしは唇をかみしめた。
「あの女の子のことが好きなの?」
「好きだよ、でも、先輩の射形が好きなだけであって…」
「わたし」
「わたし、もうやだよ」
これから先、わたしは梓くんのことがずっと好きだけれど、梓くんは違う。あの先輩のことが特別好きになってしまうかもしれない。
なんだ、梓くんにとっての弦はわたしじゃなかった。わたしは梓くんの換えがきく弓矢だったんだ。わたしの心に刺さっていた矢を抜いてみたら、ヒビだらけだった心が抜いた反動でぐずぐずになった。
粉々になったわたしの心。
わたしの顔に、もう表情はないだろう、
わたし、もう信じられないよ、
拾い集めた欠片でわたしは、
係静脈を切った。
さよなら、わたし。
2012*07*04
逆説から四畳半様へ提出
(拾い集めた欠片で君は系静脈を切った、さっきみんなで君のことについて話してたんだって言っても、君はもう信じてくれないのかな )